読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

入の沢遺跡の保存と活用に関する要望書(日本考古学協会)と歴史公園整備への提言

日本考古学協会より文化庁宮城県・県教委、栗原市・市教委及び国土交通省(参考送付)あてに一般国道4号築館バイパス建設事業により破壊される予定の入の沢遺跡(いりのさわいせき)にかかわる「宮城県栗原市入の沢遺跡の保存と活用に関する要望書」(7月1日付)が提出されましたので、紹介と歴史文化遺産整備活用への若干の提言をいたします。
Google マップ
f:id:tentijin8:20141209184341j:plain
宮城県栗原市入の沢遺跡の保存と活用に関する要望書

宮城県栗原市入の沢遺跡は、国道4号線築館バイパスエ事に伴い平成26年度に宮城県教育委員会により発掘調査が行われ、これまでに例を見ない重要な遺跡であることが判明しました。
 本遺跡は、平野に面する丘陵頂部に立地する古墳時代前期の集落跡で、丸太を立て並べた塀と大規模な環状の大溝に囲繞されていました。溝の外側に土塁が造られていた痕跡があり、三重の外部施設に守られていた可能性が高く、防御を強く意識した集落と認識できます。このような遺跡は他地域には見られないもので、防御集落が造られた背景には、当地域が「倭」と異なる北方の続縄文文化との境界領域であったことが関係したものと考えられます。 
また、遺跡の大溝の内側には竪穴建物群が密集して建てられており、その多くが火災で焼失しています。そのため、竪穴建物内に置かれていた土器をはじめとする様々な器物が良好に残されており、これまでに銅鏡4面のほか玉類や鉄器等が大量に出土しています。」
f:id:tentijin8:20150707182338j:plain

「これらの遺物は、地域首長墓に相当する古墳の副葬品と共通するものであり、当時の社会において支配者の権威を示す威信財です。これらの遺物が、集落遺跡から大量にまとまって出土した事例はこれまでにありません。」
f:id:tentijin8:20141206092331j:plain:h100f:id:tentijin8:20141206103816j:plain:h100f:id:tentijin8:20141206091820j:plain:h100f:id:tentijin8:20141206091758j:plain:h100f:id:tentijin8:20141206091804j:plain:h100f:id:tentijin8:20141206102156j:plain:h100f:id:tentijin8:20141206100427j:plain:h100
f:id:tentijin8:20141206091824j:plain:h100f:id:tentijin8:20141206093524j:plain:h100f:id:tentijin8:20141206092217j:plain:h100f:id:tentijin8:20150703134330j:plain:h100
(山上の防御集落に鏡4枚、垂飾品、巨大壺、鉄製品・玉類多数と威信財 クリック→拡大現地説明会141206)

「すなわち、本遺跡は古墳時代の地域首長層の日常的な活動を具体的に復元することができる稀少な遺跡であり、同時に大和政権と北方世界との関係性を考える上で、きわめて重要な位置を占める遺跡なのです。
 このように、入の沢遺跡は日本の国家形成期における地域首長層の動向や北方地域との交流と軋轢を物語るかけがえのない遺跡であり、その学術的価値ははかり知れないものがあります。将来に向けて適切な整備を行えば、防御施設を伴う集落の姿を臨場感をもって後世に伝えられる超一級の歴史資料となることは間違いありません。 
さらに、本遺跡の北側には古代の城柵遺跡である国史跡伊治城跡があり、南西方向には大仏古墳群が存在することは、この地域が一貫して交通の要衝であったことを示しており、これらとあわせて整備と活用を図ることで、南北文化が交錯するダイナミックな周縁史が復元され、日本史を新たな視点から再構成するための拠点となる可能性を有しています。 
f:id:tentijin8:20150704091706j:plain:w300
  (141206 入の沢遺跡現地説明会資料より・宮城県教育委員会文化財保護課)

f:id:tentijin8:20150705082622j:plain
            (入の沢遺跡 グーグルアース)
以上、入の沢遺跡の学術的重要性に鑑み、日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会は、下記のとおり要望します。

1.入の沢遺跡で検出された遺構群を現状保存するための措置を早急に講じること。
2.本遺跡の国史跡指定を視野に入れて、周辺の遺跡群と一体的な保存と活用を図るための包括的な検討を行うこと。

(一般社団法人日本考古学協会 埋蔵文化財保護対策委員会委員長 矢島國雄)」
宮城県栗原市入の沢遺跡の保存と活用に関する要望書 日本考古学協会

調査要項(現地説明会資料より)
遺跡名 入の沢遺跡(いりのさわいせき)
所在地 栗原市築館字城生野入の沢、峯岸
調査原因 一般国道4号線築館バイパス建設工事に伴う本発掘調査
調査主体 宮城県教育委員会(教育長 高橋 仁)
調査担当 宮城県教育庁文化財保護課」
↑入の沢遺跡現地説明会資料・宮城県教育委員会文化財保護課

f:id:tentijin8:20150711084608j:plain
f:id:tentijin8:20150711101706j:plain:w380
(下記 国交省「再評価」より)
道路事業 再評価一般国道4 号 築館バイパス
築館バイパス - Wikipedia
「一方、ルート上の入の沢遺跡では日本考古学協会が「学術的に極めて貴重」ととして遺跡の保存並びにバイパス道路のルート変更を求めており、今後調整が必要となる見込みである[5][6][7]。」
「5.^ “国内最北の銅鏡出土 栗原・入の沢遺跡”. 河北新報 (河北新報社). (2014年12月5日)
6.^ “古墳ではなく集落跡から副葬品 国内初”. 河北新報 (河北新報社). (2015年6月9日)
7.^ “「入の沢遺跡」の保存申し入れへ”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2015年6月9日)」(上記wikiより)

f:id:tentijin8:20150705171731j:plain 
(入の沢遺跡の位置 グーグルアース)

「国営歴史公園」整備への提言
以上のように、日本考古学協会(日本の考古学研究者の最大団体)提出の入の沢遺跡(いりのさわいせき)の保存と活用に関する要望書は、同遺跡が4世紀、古代国家形成期の日本列島の歴史を物語る上で極めて重要な遺跡(国指定史跡級)であること、及び将来、周辺の重要遺跡群と一体となった整備と活用を図ることで、「南北文化が交錯するダイナミックな周縁史が復元され、日本史を新たな視点から再構成するための拠点となる」可能性が強調されている。
入の沢遺跡現地説明会─4世紀ヤマト文化北辺のタイムカプセル - 縁果翁記
かけがえのない郷土栗原の古代史と古代国家形成期の南北文化の交流と軋轢を示す日本歴史文化遺産と地域活性化を掲げる道路建設とが両立する国土交通省の英断に期待したい。
ただし、国史跡指定から歴史的公園整備に至る際は、厳しい財政状況にある地元に負担の少ない方策を考えることが肝要である。
【提言─栗原活性化ストーリー】
 隣接する大仏古墳国史跡伊治城などと一体化して一帯の歴史文化遺産を歴史公園化する。今回の道路計画はそのために効果的な配置とする。計画行程としては歴史文化基本構想(文化庁)を地元を中心に、まちづくり、野外ミュージアムなど各分野の専門家の知恵を結集して創り、歴史まちづくり法(国交省文科省農水省)を活用して、地元NPOを中心にして運営することによって、これを契機に栗原地域を活性化していくことを提案します。
都市デザインサイト - 西村幸夫氏
栗原市の厳しい財政状況を考えますと、入の沢遺跡は我が国の最重要クラスの遺跡ですから、吉野ケ里遺跡のように、国営歴史公園にして、国・県・市が共同して建設して、国営のもと地元NPOが運営するという案がいいと思います。」(下記より)
f:id:tentijin8:20150706081827j:plain
吉野ヶ里歴史公園
●詳しくは、↓「提言 入の沢遺跡を「国営伊治城・入の沢遺跡歴史公園」(仮称)に」
入の沢遺跡─南北文化のクロスロード─保存要望書(宮城県考古学会)と提言+高尾山古墳 - 縁果翁記

◎栗原から古代国家形成期の謎を解くシンポジウム9.21・22  
f:id:tentijin8:20150706081126j:plain             
入の沢遺跡で何が起きたか─栗原市文化会館9.21・22 - 縁果翁記
宮城県考古学会-宮城県の考古学情報

◎「進化考古学」の松木武彦教授(国立歴史民俗博物館)の記事と高尾山古墳の危機
この遺跡 残さずどうする─入の沢遺跡と高尾山古墳(松木・磯田氏の記事に寄せて) - 縁果翁記
古代国家形成期の実像を栗原市入の沢遺跡から解明と発信を+高尾山古墳保存・波伝谷に生きる人びと - 縁果翁記

(150903)