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直前のご案内「古代倭国北縁の軋轢と交流ー栗原市入の沢遺跡で何が起きたかー」

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公開シンポジウム「古代倭国北縁の軋轢と交流 ー栗原市入の沢遺跡で何が起きたかー」、いよいよ 9月21日、22日、栗原文化会館にて開催!
ふるってご参加ください。 私的表現としては、「北から見えた4世紀
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(入の沢遺跡 2006年 ©Google)

「 シンポジウムの内容
平成26年に栗原市入の沢遺跡が発掘調査され、これまで報道でも取り上げられてきたように、大きな発見が相次ぎました。
入の沢遺跡は、大和王権が全国に連合体制を拡大する4世紀に、古墳文化の北の端にあたる栗原市の丘陵上に大きな溝と木柵を巡らせて防御を固めた大規模な集落だったのです。
集落内の竪穴住居跡からは出土することがまれな青銅製鏡が4面、多様な装身具、当時貴重であった鉄製品などが続々と出土しました。
また、大溝と木柵で防御を固めたにもかかわらずこのムラは焼き払われ、人々は再びこのムラに住むことはなかったことがわかりました。
入の沢遺跡の調査成果は衝撃的で、これまで大和の文化と北方の続縄文文化とは大きな軋轢はなく、共存していたとする常識を覆すものでした。大和が全国に連合体制を広げていく過程の軋轢を物語る入の沢遺跡の調査成果は日本列島の歴史を考える上でも大変重要で、全国的にも大きな注目を浴びています。
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 本シンポジウムではこのような入の沢遺跡の発掘調査成果を報告するとともに、
大和王権の北縁にあたる宮城県南部の様相、
東北北部広がる続縄文文化との関係、
鏡・装身具から読み解く入の沢遺跡の性格、
東北全体の動向、大和王権との関係

を調査担当者、東北の歴史を注視してきた研究者、全国の古墳時代研究をリードする第一線の研究者が集まり、入の沢遺跡の歴史的な価値、日本史の中での位置づけを検討します。

日時   平成27年9月21日、22日 両日共午前10時開始
会場   栗原文化会館(アポロプラザ) 0228-23-1234」
栗原文化会館(アポロプラザ)の地図:観光ガイド-ゆこゆこネット-
プログラム
「第1日(10:00~16:00)10:00 
開会10:15 入の沢遺跡の調査成果 村上裕次(宮城県教育庁文化財保護課)
11:15 銅鏡からみた入の沢遺跡と東北の古墳時代 森下章司(大手前大学
12:00 昼食 (入の沢遺跡出土遺物解説会 宮城県文化財保護課)
13:30 玉類の流通からみた古墳時代前期の東北地方 ―入の沢遺跡出土の玉類を中心に―大賀克彦(奈良女子大学
14:15 古墳時代前期の倭国北縁の社会-宮城県北部の様相-高橋誠明(大崎市教育委員会
休憩(15分)
15:15 「入の沢遺跡」の頃の東北北部社会 八木光則(蝦夷研究会)

第2日(10:00~15:00)
10:00 東北地方の古墳時代の始まり 辻秀人 (東北学院大学
10:45 ヤマト王権の動向と東北の古墳時代社会 和田晴吾(立命館大学名誉教授)
11:30 昼食 伊治城跡出土前期土師器展示(栗原市教育委員会所有)
13:00~15:00 
討論 入の沢遺跡で何がおきたのか
1、入の沢遺跡の調査成果 火災住居、濠、柵木、土器様相
2、鏡、装身具出土の意味
3、入の沢遺跡の評価
4、入の沢遺跡が語る歴史状況

司会 辻 秀人(東北学院大学
パネリスト村上裕次(宮城県教育庁文化財保護課)森下章司(大手前大学)大賀克彦(奈良女子大学)高橋誠明(大崎市教育委員会)八木光則(蝦夷研究会)和田晴吾(立命館大学名誉教授)
入場無料・申込不要」
講演会・シンポジウム - 地域文化研究と地域博物館 | 東北学院大学 アジア流域文化研究所
(※主催関係者より広報資料の提供をいただき、編集しました。)