羽黒下遺跡現地説明会─牡鹿半島7000年前の世界

防災集団移転促進事業(石巻市小渕浜地区)に伴う石巻市給分浜羽黒下遺跡(標高28m)の発掘調査成果を公開する現地説明会(石巻市教育委員会)
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              (イノシシ鼻状の土器の突起)

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縄文時代前期初めころ(7000年前!)の竪穴状遺構14基発見。
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紺色の円が竪穴状遺構(遺構配置図パネルより)

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位置(グーグルアース)

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土偶(A.A様より)

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縄文前期から中期(約7000~5500年前)の遺構・遺物が主です。

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完全な形の浅鉢

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石棒

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玦状耳飾や土製勾玉

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長野・島根・石川・千葉・山口・群馬・兵庫県、新潟・神戸市から派遣された調査員による復元や分かりやすい展示の工夫に感心いたしました。
地元の方とお話ししたら、「わたしたちは縄文人の住んでいたところに戻るんだね」 と。
一帯は付近の中沢遺跡を含め約7000年前の縄文時代前期からの大集落。海の恵みと脅威の中で生き抜いてきた人々の歴史としてつながっていきます。このようなことを報道は、しっかりと伝えるべきだと思います。
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周辺の遺跡(説明パネルより)

宮城県考古学会-宮城県の考古学情報
被災地の考古学 ―東北派遣職員の証言―(考古学研究会関西例会)


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近くの素晴らしい景観の観音堂に参拝(グーグルアース+)。

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鎌倉時代の十一面観音像で著名。その下に鎌倉時代の板碑群。霊場と思う。
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              観音堂にて「ご縁」を結ぶ。


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震災レスキューをした鮎川浜に立ち寄りました。「復興未だ遠し」をひしひしと感じました。


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十八成浜(くぐなりはま)
石巻百景 旧館: 被災地支援ボランティアの活動と、一部住民の複雑な思い ― 石巻・十八成浜で見聞したこと

今回の羽黒下遺跡現地説明会は、大震災と復興(集団移転事業)に関わり、2013年の中沢遺跡に続き、数千年前からの地域の歴史が次々と明らかになった事実。そして調査終了とともに集団移転工事が急ピッチで進められるであろう事実。被災された方々の思いを「被災した方々に寄り添い伝える視点からきちっと伝えるへきであると思います。
しかしながら、宮城県民の情報源である河北新報はじめ主要マスコミ各社の取り上げは、ほとんどなく、石巻日日新聞社のみであったかと思われることは残念です。

・近くの中沢遺跡
石巻市中沢遺跡現地説明会 ( 歴史 ) - 虎箱! - Yahoo!ブログ
ひろちゃん様有難うございます。
被災地の考古学 ―東北派遣職員の証言―(考古学研究会関西例会)


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