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高田城跡と森の社の今+気仙地域の魅力を語るⅡ─陸前高田市

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(仮市役所側から中世の中心部とみられる八幡館跡の森を望む)
『仙台領古城書上』に「気仙之旗頭」千葉安房守広綱の居城と記された高田城(東館城)を訪ねる。
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高田町の、おあたごさん、愛宕神社への階段
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南三陸町のおあたごさん、愛宕神社(将軍地蔵さまを祀る)は新井田館に添って高台にあったが、同じく高台移転で本来の場所を失った。やむを得ないことだが再び見守ってほしいものである。
tentijin8.hatenablog.com
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しかし、道は、北の峰に上っていく。。
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高台移転調査に伴って発掘した場所のようです。
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対面には仮市役所が見えて、虹! がかかっていました。
高田城跡 | (公財)岩手県文化振興事業団 埋蔵文化財センター

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その先は、高台移転の造成が行われていました。
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道はやがて、八幡神社に導きました。まさに、中世の高田城(八幡館・東館城)の守り神でしょうか。
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城の最後部付近から

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普通、高田城は天照御祖神社の階段の方から登るようです。麓には津波の痕跡。周囲は埋め立てがなされています。
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階段の上の津波の被害
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天照御祖神社 広い平場です。
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その西側 一段上のさらに広い平場 このあたりが「本丸」と理解されているところでしょうか。

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疲れてのどが渇き、自販機で缶コーヒーをと、 見下ろせば、なんと有名な伊東豊雄さんの「みんなの家」(写真右端)が見えて喜び勇んで下りる・・
人がいるのだが鍵がかかっていた・・・「自販機はもっと登らないとないですよ」とのことで、また坂道を上るる・・・。
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itojuku.or.jp


実は不思議な縁にて、矢作町の天照御祖神社に参拝。背後の鶴館は、高田城の城主の本家ともされる千葉広胤の居城と知ったのでした。
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矢作町の天照御祖神社
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矢作町・天照御祖神社由来
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麓のご先祖?墓地から見た天照御祖神社
中世の城館の一角の雰囲気を感じます。

〜未知なる城を求めて〜城郭研究ノート 高田城
高田城 −陸奥の城ー
ameblo.jp

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グーグルアース(2012.3)では見事な外枡形状の張り出しも見えます。今回は造成のため見ることはできませんでした。中央部の山塊が高田城跡です。真ん中辺の四角いところが八幡神社でしょうか。
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グーグルアース(現在)で高田城背後より海を望む。まさに「陸前高田の城」です。
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グーグルアース(2011.4.1) 中央の丘陵部に高田城が立地しています。

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(2016.2.21「気仙地域の魅力を語るⅡ」竹井先生講演「中近世移行期の気仙周辺地域─城館跡を中心に─」科研費助成事業)
会場では花館跡など発掘調査の展示がされていました。
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陸前高田の戦国期の様子が明らかになりつつあります。
www.iwate-maibun.jp

(2月21日[日]) 報告会「気仙地域の魅力を語るⅡ」 - 陸前高田市まちづくりプラットフォーム
7月13日三連休三陸遠征・その2【高田城】(岩手県陸前高田市): 奥羽古城散策雑記帳

気仙地域の魅力を語るⅡ 市民向け報告会

初めて高田城の踏査をしてみて、名だたる研究者の方が称賛する城跡であることを実感いたしました。
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城の東の洞の沢には、家臣団屋敷の伝承が残り、奥には保呂羽・貴船・禊瀧神社の三社が鎮座しています(背後はすぐ造成地..)。南三陸の保呂羽の神の勧請かと感動いたしました。
tentijin8.hatenablog.com

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(浄土寺背後の山が高田城跡です。)
gansonekodarake.blog104.fc2.com

この陸前髙田市の代表的な歴史文化遺産である高田城と人々の祈りの歴史を伝える多数の神社仏閣、それを包み込む森などの残された遺構や自然が、復興まちづくりの核として史跡や公園として整備され、新しい陸前高田の憩い・交流の場となってほしいと念願いたします。
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短い滞在時間でしたが、地元の皆さま、檀家・氏子様にはとても親切にご案内いただき有難うございました。心から復興成就を祈念いたします。
なお、復興工事中のため、現在の高田城歩きは非常に危険でもあります(立ち入り禁止にはなってないですが発掘後の地域など)。ご注意ください。

陸前高田市文化財等保存活用計画策定調査業務報告書 H26
陸前高田市 指定 文化財
平成26年度第1回陸前高田市都市計画審議会 本丸公園と歴史を生かしたまちづくり提案

高田城のような「土の城」は、お城のイメージから遠く、わかりにくいものです。近世初期に城館の前面を整備したためか、地元では「本丸」付近のみが城と理解されていたようです。、本当は、八幡神社のあたりを中心に一山を使っている大平山城であることは知られていなかったようです。
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(高田城からの虹)
tentijin8.hatenablog.com

被災地の考古学

おすすめ本
山城のわかりやすい手引書を紹介いたします。
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図解 戦国の城がいちばんよくわかる本

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