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古代倭国北縁の軋轢と交流─ 入の沢遺跡で何が起きたか

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待望の2005年9月に行なわれシンポジウム「古代倭国北縁の軋轢と交流─ 入の沢遺跡で何が起きたか」(東北学院大学アジア流域文化研究所)の成果をまとめた冊子が刊行された。
季刊考古学別冊24号 古代倭国北縁の軋轢と交流―入ノ沢遺跡で何が起きたか― | 「雄山閣」学術専門書籍出版社
古代倭国北縁の軋轢と交流 入の沢遺跡で何が起きたか (別冊季刊考古学)
入の沢遺跡tentijin8.hatenablog.com
「この地域を語る上で、あるいは日本史を語る上で欠かせない遺跡と思っています。
もちろん様々な状況があって私どもの思いだけでは難しいこともたくさんあるのは承知していますが 私どもとしてはぜひとも、古代の人々からの贈り物としてこの遺跡を残していただけると大変嬉しく、保存を熱望してします。
この遺跡の情報が日本中を駆け巡った時に、日本中の研究者から遺跡はどうなるんだという声がたくさん聞こえてきました。日本中の研究者が注目しています。
遺跡というものは地域の大のもとにあって、地域の大がさわり、使い、考えるものとして大事だと思います。地域の大に大事だと思っていただける遺跡であれば、残すことでまた次の価値を生み出すことになるのではないかと思います。
 このシンポジウムを企画した時に、どうなるかはとにかくとして、この遺跡で多くのことが考えられるという意味での素晴らしさをお伝えできればと思っていました。しかし、アンケートをみるとむしろ教えていただくことが多くて、地域の皆さんのお気持ちも強く感じることができました。
この大切な入の沢遺跡が残され、活用されますことを熱望しておりますことをお伝えして、シンポジウムを閉じたいと思います。」(討論での司会の辻秀人氏の締めくくりの発言より)
これほどの遺跡の栗原市をはじめ宮城県考古学会、日本考古学協会の保存要望に対して国土交通省の英断を熱望したい。

入の沢遺跡 - 簡易検索 - 全国遺跡報告総覧

「一昨年、宮城県栗原市古墳時代前期最北の拠点集落とみられる入の沢遺跡が発見されて、にわかに古墳時代の、倭国の北縁、に関心が高まっている。昨年(2015年) 9月には、当アジア流域文化研究所の主催により、地元栗原市で「古代倭国の北縁の車L蝶と交流栗原市入の沢遺跡で何が起きたか」と題した公開シンポジウムが聞かれ、さまざまな角度から本遺跡の重要性が議論された。」以下は下記東北学院大学学術情報リポジトリをご覧ください。
熊谷公男:古代国家北縁の二つの境界――栗原市入の沢遺跡の発見によせて――