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戸倉 の検索結果:

追悼─教育と文化財保護への情熱

(南三陸町戸倉 慈眼寺観音 2014.1) 仙台市の文化財保護行政の基礎を固め、山田上ノ台遺跡、富沢遺跡、郡山遺跡など貴重な遺跡を保存し、活用に尽力された早坂春一さんのご冥福を心から祈ります。合掌 www.city.sendai.jpwww.smma.jp thmtomo.seesaa.net 「宮城町(現仙台市青葉区)大倉小学校青下分校の分校主任・橘井(きつい)先生、38歳で橘井先生が急逝したため跡を継いで分校に赴任した若かりし早坂先生(早坂春一氏)、この2人を中心に分校の…

南三陸の今─盛土の海から

黒崎の絶景が.... 黒崎海岸堤防計画 波伝谷の絶景が.... 戸倉海岸堤防計画 志津川「中央区」造成 元「新井田館跡」 塩前寺跡にて 防災対策庁舎にて合掌 本日は、「盛り土の海」を観て衝撃でした。 「南三陸の歴史文化・自然を大事にした復興まちづくり」を祈念して 帰途へ 志津川ライブカメラ 南三陸町 小さな生き物 何を食べて生きる?「生きとし生けるものが生を全うできるよう」矛盾

大震災4年─南三陸町2 波伝谷から新井田

戸倉波伝谷から魔王神社方向を見る。(2015.3.7) 右手、防潮堤工事 波伝谷高屋敷ふるさと資料館(不定期開館)を見せていただく。 『波伝谷高屋敷ふるさと資料館』 | 南三陸町観光協会公式ホームページ 南三陸町 復興情報発信ブログ「南三陸なう」: 波伝谷高屋敷ふるさと資料館 津波で流されながらも拾い集められ保存処理して戻ってきた民具資料と貴重な被災写真。 ようこそ「かくれ里」へ! 復興工事で危機に瀕した生き物たちの小さな箱舟である池もあります。 「人も自然の一部。これまで先…

大震災4年 南三陸町魔王神社の山が街になる

魔王神社からの絶景 2013年夏 南三陸町戸倉 防潮堤の工事と美しい海・島々 東日本大震災から住民を守った魔王神社のふもとで新しい街づくりが進んでいました。 魔王神社 魔王神社(戸倉波伝谷) | 神様を祀る | 生活の歓 | 南三陸町 VIRTUAL MUSEUM 防災対策庁舎 合掌 室側保育所側からでは、上半分しか見えない! 右手に防災対策庁舎

「波伝谷に生きる人びと」─地域の営みをいかに描くか・震災前の暮らしと被災地の今をめぐって

…られたが はでんや─戸倉─南三陸─登米・佐沼・仙台・全国・世界のネットワークの中の 第二部を期待したい。 映画終了後の対談の様子(小谷氏ほか) (ちらし裏)◎そうだったのか 我妻監督インタビュー YIDFF: インタビュー: 2013 助けあいジャパン 情報レンジャー 仙台市「「波伝谷に生きる人びと」 宮城県沿岸部縦断上映会を終えて」 キーワード「春祈祷」 波伝谷の春祈祷(町指定・風俗習慣 戸倉波伝谷) | 民俗文化財(無形) | 未来への遺産 | 南三陸町 VIRTUAL …

生命の源 海─深刻な汚染の危機に

…Web) (南三陸町戸倉 八大龍王の岬から 志津川方面 1402) (南三陸町 椿島のあたり 140211) おすすめの本 「小さきもの」の思想 (文春学藝ライブラリー)作者: 柳田国男,柄谷行人出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2014/02/20メディア: 文庫この商品を含むブログ (4件) を見る「柳田国男は詩人、官僚、ジャーナリスト、民俗学者と移動と試行錯誤を続けながら、生涯にわたって、資本と国家を乗り越える「来たるべき社会」を追究していた。その「可能性の中心」が…

南三陸町水戸辺川流域の「慶長大津波」伝承地踏査─『戸倉路のつたえ-語り継ぐ津波の道標-』に寄せて

…町在住の西條實氏著『戸倉路のつたえ-語り継ぐ津波の道標-』 (RQ聞き書きプロジェクト編)が刊行され(非売品)、寄贈いただきました。 震災津波と復興途上の困難な状況の中で関係者の努力により南三陸の慶長地震津波伝承が初めて紹介されたことを慶びます。 このことに寄せて、南三陸町戸倉上沢前地区の水戸辺川(みとべがわ)流域における「慶長大津波」 伝承地の踏査結果の概要を紹介いたします(今後補正予定)。 ●ウェブ版150530 戸倉路のつたえ ~語り継ぐ津波の道標~西條實さん[宮城県南…

保呂羽神社春まつり・本吉法印神楽奉納─南三陸にて

…はご注意ください。 戸倉方面 お山は町有地とのこと、憩いの場所に再整備したら、復興に役立つと思う。 山頂の保呂羽神社に参拝。 役行者開基と伝える古社。 「保呂羽」(ほろは)はアイヌ語で「大いなる霊山」との説もあり、正にふさわしい。 菫も咲いていました。 しだいに麓の保呂毛の皆さんが集まってきました。 日本吉 - NIPPON-KICHI 神社の魅惑的な額 案内板は老朽してよく見えない。町の復興整備時にリニューアルを期待したい。 地図 ↓詳しくは、南三陸・気仙沼の情報が豊富な来…

春祈祷 社の桜 波伝谷のふるさと資料館─南三陸から

戸倉波伝谷の春祈祷 戸倉神社から獅子舞が全戸を廻っておりました。震災津波により全戸が流された今は、海洋青年の家、各仮設を廻ります。 春うららかなこの日 おだんごやおでんを食べながら、悪気を吐きだす獅子舞に喝采。 春祈祷のメイン会場となった仮設住宅、そして青い海(青年の家から) 戸倉在郷の八幡神社の桜は、社の下辺に達した津波にひたりましたが、今年も見事な花を咲かせました。 波伝谷の民俗資料館(かくれ里)は、津波で流出してしまいましたが、このたび「波伝谷高屋敷ふるさと資料館」とし…

大震災三年一か月

…をつくった先輩たちとどのような関係を結ぶのかが、復興の基盤にならなければいけないのである。」 (南三陸町戸倉 201401) 「なぜなら、これらの関係を通して、無事な人間の存在をつくりだしてきたのが、日本の社会だからである。」 同感。しかし、現実の復興は、かなり違った方向に導かれてきているのではないか。文明の災禍 (新潮新書)作者: 内山節出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2011/09メディア: 単行本購入: 6人 クリック: 16回この商品を含むブログ (6件) を見る

大震災三年─南三陸・仙台・名取をめぐって─震災考

…014年3月11日 戸倉・五十鈴神社より波伝谷方面を望む(右隅丘の上に被災して今月末閉校の戸倉中) 合掌 「東日本大震災三周年南三陸町追悼式」 新井田 発掘が終わった志津川の新井田館跡(右側)を盛り土の間から望む。発掘風景 (休憩中撮影 町教委掲載許可済) 新井田館跡は発掘によって、600年前(南北朝時代)に築城され、全国的な戦乱の中で、地域のエネルギーを集めて防御をこらした、東北有数の海を抑える山城であることが分かりました。 夏の新井田館跡 休憩時間に志津川湾を望む ほっ …

西條實短歌集 ─大震災を越えて南三陸に生きる

…夕方の志津川湾) (戸倉にて) はじめに─西條實さんとの出会い 西條實さんとは、南三陸町の高台移転に伴う新井田館跡の発掘調査が縁で出会いました。一年を通した山の過酷な発掘作業をこなす現場最高齢の西條さんは、皆さんから「語り部さん」と呼ばれる抜群の記憶力の持ち主で、南三陸の歴史・風土・伝承を語り続けております。 中でも「慶長地震津波伝承地」を伝えていることには驚きました。その水戸辺川上流を案内していただきましたが、山林を疾駆するような82歳とは思えぬ強靭な体力についていくことは…

大震災から二年十一か月─南三陸町戸倉 津の宮・滝浜・長清水・波伝谷・在郷・西戸地区

…11か月 地元の方に戸倉地区の現状を歴史遺産を中心に案内していただきました。 雪の津の宮地区 右は椿島 タブの木群生で有名です あの日 津波にすべてさらわれました 2012.3.17の様子からみると、 ずいぶん復興が進んだなぁと思いました。 (上3枚2012.3.17の様子) 津波に負けないこの木は、タブの木なのか すごいです。 (2012.3.17) 町指定「天女塚・狗塚」も社ごと津波で損壊しました 現在は、小社、説明板が復活していました 天女塚・狗塚(町指定・史跡 戸倉津…

戸倉在郷の今と慶明丸─南三陸から

津波で失われた南三陸町の在郷地区の様子(1229) 東日本大震災津波詳細地図〈上巻〉青森・岩手・宮城作者: 原口強,岩松暉出版社/メーカー: 古今書院発売日: 2011/10メディア: 大型本 クリック: 19回この商品を含むブログ (5件) を見る在郷は津波が奥深くまで浸水した水戸辺川流域にあたる 津波で失われた木 旧家跡 丘の上の八幡神社は、かろうじて残ったが、津波は水戸辺川の上流まで押し寄せた つらい思い出の地にご案内いただき本当に有難うございました。南三陸 海 山 川…

震災1000日─南三陸から

震災津波1000目 合掌 復旧・復興未だ成らず... 志津川の浜 今日も水に没す。 戸倉折立の朝 造成が進みつつある。 町と住民の間に考え方のズレ 戸倉海岸・防潮堤建設着工 | 仙北郷土タイムス南三陸電子版|南三陸町のニュースサイト 「中央区」となる予定の新井田館跡(愛宕神社より ※調査区内は立ち入り禁止)新井田館跡発掘調査現地説明会─南三陸から - 縁果翁記

「講座東北の歴史 第6巻 生と死」刊行に寄せて─南三陸からの提言

…波が襲来した南三陸町戸倉波伝谷の朝。中世の板碑から昭和の津波記念碑に至る4基の石碑は津波で流出し浜に台座のみを残すのみ。石碑については、後述。) ここには、「東北史における浜の役割」といった視点はない。それでも「東北」を視座とした震災前の研究者の成果が結集していることは確かである。ただ、やはり、そろそろ、東日本大震災を踏まえた「東北の歴史」刊行の企画を期待したい。そのための提言を少し述べます。 まず、回り道ですが筆者の今年の活動の中で印象的な風景を紹介いたします。上の写真の台…

東日本大震災2年半─南三陸町

大震災発生から2年半 南三陸町陸前戸倉駅(気仙沼線)からバスが゛発車していました。 本日、住宅が立ち並んでいた天王前地区はコスモスやたくさんの草花で埋もれておりました。 仮設にもコスモスが咲いて、かっての町並みの跡を見下ろしています。 志津川 (陸前戸倉駅) (天王前地区) 荒砥 丘の上の全慶寺から港を望む 津波は寺にまで達したという。 さらに高いところにある愛宕神社 草が生い茂り、復興未だならずの感、強し。

大震災二年五か月─南三陸町

大石の上に草がはえてきました(天王前) (入谷八幡神社オクトパス君) 入谷地区は津波のたびに「炊き出し」地区として南三陸を支えています。 浜では、堤防建設が進められていますが、一帯はいまだ海水に満たされています。 陸前戸倉駅の完成も近いようです。 所有者より保存が表明された高野会館 高野会館保存(日本経済新聞) 清水駅 遠くに、くすし神社が見えます。一帯はなにもなくなったままです。 そこから浜の方を望む。 歎きは続き 海は美し

お愛宕さん─震災2年4ヶ月─志津川

…なのです。 JR陸前戸倉駅付近の整備が進んでいます。 モアイ像(さんさん商店街) 読書再開─『被災地から問うこの国のかたち』 「すちばん根本的な問題なのは、この国のパワーエリートたちが、全く「平時のシステムと論理」を変えようとしないことでしょう。」(玄侑宗久) 「「だから、もう一度、原発を動かして、そのお金を使って復興しようよ」という、そういった悪魔の囁ききの声がはじまるに違いない。だからこそ国のレベルの議論とは関わりなく福島がきちんと原発にお世話にならずに生きていくという、…

光る海─祝三陸復興国立公園誕生

南三陸町志津川にて(早朝) 南三陸町戸倉波伝谷にて(早朝)海岸には大津波の痕跡がそのままです。 三陸復興国立公園の「復興」が取れる日を目指して。 環境省_三陸復興国立公園の創設を核としたグリーン復興 | 東日本大震災への対応