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古代壁画─合戦原遺跡横穴墓1300年前の線刻画現地説明会(山元町)とその後

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合戦原遺跡(宮城県山元町 宮城病院地区防災集団移転促進事業:災害公営住宅建設事業)の発掘調査現地説明会(2回目 山元町教育委員会 13時)に「黄泉の国」(よみのくに)?の壁画を見に行く。
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横穴墓の入口からのぞく。数十秒、まるで日本に来た時のモナリザのよう ゆっくり見たかった...すごい暑さの中、県内外から近年にはない約450人もの見学者があったとのこと。関心と評価の高さをうかがわせる。
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老若男女、地元の皆様、研究者の行列のできる現説なのでやむを得ない。
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昨年から調査している合戦原横穴墓群は7-8世紀の豪族クラスの一大墓域(グーグル+合成なので張り出しを平面的に表現 ※画像クリックで拡大)
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横穴墓奥壁の線刻画 黄泉の国の人?
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うーん よくわからない 顔と..
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展示室に掲示された線刻画写真(「立面正射投影画像」)を写し、家で補正してゆっくり眺める。
すごい!
(7月17日現在の解析画像なので、調査研究の進展で変更がありうるのでご注意ください。)
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岩盤の黄色や剥落をモノクロにし、トリミングしてみた。
よみのくにの物語が始まる。
東北学院大の辻秀人教授(考古学)は「保存状態が極めて良く、ストーリー性がある線刻画は全国的にも珍しい。死後の世界を描いたとみられ、当時(7~8世紀)の死生観を探る貴重な手がかりとなる埋葬品から中央の有力豪族とのつながりも考えられる」と話している。」(讀賣オンラインより)
古墳時代に詳しい福島大の菊地芳朗教授(考古学)の話>
 現地で確認したが、これほどの規模の線刻画が見つかるとは予想していなかった。横穴墓群で最上位の権力者が埋葬されたと思われる。状態も良好で、古代の他界観を知ることのできる東日本で数少ない事例だろう。」(下記、河北新報オンラインより)
壁一面に人や鳥…集団移転先遺跡で線刻画発掘 | 河北新報オンラインニュース

<追加情報>http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150811/k10010185551000.html
「合戦原遺跡の線刻画は、何を表現したものなのか。長年、古代の人々の「こころ」について研究を進めてきた、元・同志社大学教授の辰巳和弘さんが読み取ったモチーフは、「葬送の情景」です。」
→研究者の意見交換必要 シンポジウムとか
「劣化が進みやすいことから保存や活用も難しい面が多く、文化庁の作業部会は去年、現状を調べたうえで課題を整理し、管理や公開の在り方を報告書にまとめました。(中略)山元町教育委員会によりますと、移転事業は基本的には計画どおり進められる予定ですが、今回の発見を受け、部分的な保存ができないか検討を続けたいとしています。」(上記2015.8.11NHKwebニュース)
→初耳。情報公開を望みます。


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有名な国史跡の高井田横穴墓群(大阪府)に匹敵するのではないかと感激。
史跡高井田横穴公園 ご利用案内 | 大阪府柏原市
史跡高井田横穴公園 | 大阪高低差学会
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案内資料(山元町教育委員会)の説明には「今年度の調査では、横穴墓玄室の奥壁に「線刻画」を有するもの(1基)や玄室内に釘が打ちつけられたもの(2基)など、新たな成果が得られています。「線刻画」とは、横穴墓の壁に線を刻んで絵を描いたもので、今回発見された線刻画には、「鳥」や「人」などと考えられるさまざまな図柄が確認されており、その多様な図柄の線刻画は県内初の事例と言えます。玄室内に釘が打ちつけられた事例についても、県内で類例が少なく、当時の横穴墓の葬送方法を考える上で学術的に非常に貴重な発見となっています。」
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(遺物 パネルの一部)
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(銅製壺鐙 どうせいつぼあぶみ)
「出土遺物についても、昨年度の調査ではみられなかった銅製壺鐙、鉄製輪鐙、帯金具、鉄地金銅張の杏葉などの馬具や金銅製大刀などの多種多様な副葬品が出土しております。中でも銅製壺鐙の出土は県内初となります。これらの出土遺物の様相や線刻画を有する横穴墓の存在から、合戦原遺跡で発見された横穴墓の被葬者については、この地域を治めた有力者層の集団であったと考えられ、馬具や線刻画が確認された横穴墓には、その中でも特に位の高い人物が葬られていた可能性が高いと推察されます。」とあります。大発見なのでした。
壺鐙 - e国宝
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鉄製馬具、鉄刀、鉄矢じりなどの数々、7世紀の騎馬軍団も入っていたか。冷房の展示室で回復した脳裏を刺激する。
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興味津々
山元町内遺跡発掘調査情報 - 山元町ホームページ
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気になっていた線刻画の鳥がよく見えなかったので、写真を補正して見ましたら、たしかに鳥が何羽か飛んでいます。
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今回の発掘調査は、東日本大震災に伴う公営住宅建設のためもので、公営住宅建設が当然、最優先です。そのうえで、もし、壁画横穴の一画、1300年前の地域のリーダーの奥津城を残して、公営住宅建設が成り立つのであれば、未来の子供たちに震災の復興の歴史と貴重な先人の歴史文化遺産の両方を残し、活用していくことができると思います。
(◎壁画保存の検討の方策としては、一般的には①現状保存→②切り取り保存→③剥ぎ取り保存などがあります。今回は専門家の評価がきわめて高い場合ので①がベストですが、事業の目的・状況から検討が必要だと思います。いずれも3D技術の活用を加えると分かりやすいと思います。8.9付記)
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壁画のあるのは38号墓です。

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(C地区 奈良~平安時代時代製鉄関連遺構・木炭窯跡)

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岡山県新潟県岐阜県、千葉県、山形県から派遣調査員が活躍しています。 感謝。

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(調査区 現地説明会資料より)
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(合戦原遺跡の位置と周辺の主要遺跡 現地説明会資料より)
合戦原遺跡現地説明会資料(山元町)

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(画面中央下のブルーシートが横穴墓群の現場です)
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(グーグル・アースより)

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現地説明に先立ち、慰霊の五輪塔に合掌し、震災遺構「中浜小学校」を見学いたしました。
青いプレートのところまで津波が来たのです。
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津波湾・中浜小・ジオパーク─地球との共生へ - JIEN記
大震災4年─蒲生・荒浜・五柱神社・閖上・山元町合戦原遺跡 - 縁果翁記
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津波で亡くなった方をしのびながら

犬塚遺跡(山元町坂元)現地説明会(10:30~)へ
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上の見える丘の上、飛鳥・奈良時代の製鉄関連遺構群です。
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(斜面に築かれた製鉄炉)
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(斜面には製鉄の時のカスが山のように拡がっていました。手前の黒っぽい塊)

福岡県・福岡県久留米市北九州市)から派遣された調査員の皆さんに送迎までしていただきました。厚く感謝いたします。

実は朝、こちらに参拝させていただきました。
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山元町 八重垣神社(グーグル+)
復興が着実に進んでいることに感激しました。明日が浜降り神事だったのですね。
まことにおめでとうございます。
山元町沿岸部神社・お寺の再生の道

追記150821
ガジェットでみる古墳: 宮城県山元町合戦原遺跡現地説明会に行く
「予定地では、7世紀の古墳時代末期から奈良時代に造られたとみられる54基の横穴墓群が発掘された。町は、地中にある玄室の奥壁に描かれた東北最大規模の線刻画のみを移転、保存する方針。」(上記リンクより)
入居戸数が減ったというニュースから、横穴の保存の余地が生まれるのではないかと期待しましたが、壁画横穴が保存されないのは残念です。
歴史文化遺産は、その名の通り、人類共有の財産であり一自治体のものだけではありません。判断に至る情報公開が不十分だと思います。もちろん復興が最優先であるのですから、なおさら、必要なことだと思います。
そして、線刻画の「切り取り保存」は、簡単なものではなく、とても困難な作業です。心配です(150825追記)。(150903)
【関連リンク】北と南のすごい遺跡から日本の歴史が書き換えられる。・・・・・・・・・